大阪高等裁判所 昭和58年(う)1179号 判決 1984年3月08日
本店所在地
大阪市生野区中川西三丁目四番二二号
商号
近畿ビニール株式会社
代表者
朴晶禧
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五八年五月二六日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。
険察官 大谷晴次 出席
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人大上政義作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書記載のとおりであるから、これらをここに引用する。
論旨は、量刑不当を主張するものであるが、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ考察するに、本件は、被告会社の資産増加を企図して敢行された事案であって、被告会社の属するビニールレザー及び合成皮革製造業界の一般的性格及び同業界における被告会社の個別的特殊性につき所論が縷々主張するところを考慮しても、本件の罪質にかんがみると、その動機にそれほど大きく酌むべき事情があるとまではいえず、逋脱税額も三期にわたり合計二億二、一三二万三、一〇〇円の高額に及び、逋脱率も原判示第一については八一%強、同第二が七三%強、同第三が七四%強といずれも高率であるなど犯情は良くない。それで、前記の本件の動機、被告会社が、これまでに法人税その他の脱税額合計四億五、二二五万三、二五〇円のうち、三億六、四二七万三、四七〇円を納付し、残額合計八、七九七万九、七八〇円についても分割納付によって昭和六〇年三月末日までに完納することを確約していること及び原判決の罰金刑が科せられると被告会社の今後の資金繰りに相当大きな影響を及ぼすことが予測されることなどの被告会社に有利な諸事情を斟酌しても、被告会社を罰金六、四〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎるものとはいえない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 環直彌 裁判官 高橋通延 裁判官 青野平)
昭和五八年(う)第一、一七九号
○ 控訴趣意書
被告人 近畿ビニール株式会社
右の者に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣意は左記のとおりである。
昭和五八年一〇月一九日
右弁護人 大上政義
大阪高等裁判所第一刑事部 御中
記
原審は「被告人を罰金六、四〇〇万円に処する」旨の判決を言渡したが、これは刑の量定が極めて不当な判決である。
一 結局のところ、当弁護人が原審に提出した弁論要旨記載の主張の繰返しにならざるを得ないが、本件犯行のの動機の特殊性及び被告人が金六、四〇〇万円という巨額の罰金の支払いを余儀なくされるに至った場合に発生する事態等を充分考慮すれば、原判決の量刑は甚だ不当といわざるを得ない。
そこで、前記弁論要旨記載の主張を再論するとともに、強調すべき点を敷衍する。
1 被告人の代表者朴晶禧(以下、代表者朴という)が被告人に関して本件犯行を犯すに至った動機は、偏にビニールレザー及び合成皮革製造業界の一般的特殊性と同業界に於ける被告人の個別的特殊性を抜きにしては語れない。
即ち、同業界は大手企業、大手企業の資本系列下にある企業、又は既に資本の蓄積のある企業が乱立し、生き抜くために「行儀が悪い」といわれる程に熾烈な競争を展開しているのみならず、頻繁に新製品の開発を迫られ、従ってごく短期のサイクルで多額の設備投資を強いられる業界であるが、そのような業界にあって、被告人はといえば、代表者朴の個人的資本と才覚のみに支えられて、工場用敷地さえもないゼロの状態から出発し発展してきた一匹狼的存在であり、最後発メーカーであった訳である。
同業界の生存競争が如何に激烈であり、且つ大手企業と無縁の企業の存命が如何に困難であるかは、かって代表者朴の父親の経営していた会社が倒産に追いこまれたことがあるばかりでなく、被告人が設立された当時、所謂生野地区(大阪市生野区及び東大阪市)に七社あった同業の企業の内、今日までに六社が倒産又は廃業し、被告人だけが生き残っているという事実が如実にそのことを反映している。
更に看過してはならないのは、代表者朴が在日韓国人であることである。
在日韓国人が我国で真面に生きていくことがどれだけシビアなことであるかは多弁を要しないだろう。
実際、在日韓国人によって設立され、経営されている堅気の企業で一般人に知られているものといえば、数多ある企業の中で、僅かに「サンスター歯磨株式会社」と「ロッテ製菓株式会社」の二社を数える程度であり、その余は零細企業か、トルコ風呂、パチンコ店及びバー等の風俗営業に属する企業が大部分である。
このことは、在日韓国人が我国で真面に且つ堅気に生きていくには、金融及び営業の両面はもとより、全ての面で余りに不利益な立場に置かれていることを物語っている。
こうした悪条件の中で、被告人のような正に堅気のメーカーが我国の大手企業乃至その系列下にある企業と互して生存していくことの困難さは筆舌に尽し難いものがある。
勿論、在日韓国人といえども、我国に於て企業を営む以上、我国の法律に従うべきことは当然のことであるが、法律違反として現実に処断するに当っては、そうした特殊性を充分に配慮しなければならないと思料する。
特に、在日韓国人の場合は、在日アメリカ人等と本質的に異なり、在日韓国人となった、或いはならざるを得なかった歴史的由来を考えると尚更である。
こうした特殊事情の下で、代表者朴が被告人を存続させ、発展させ、延いては会社倒産の恐怖(このことは、父親の経営する会社や同業他社の倒産を目の当りにして代表者朴の心裡に終始留まっていた)から免れるためには、脱税という違法手段によってでも急速に巨額の資本を投入して新製品の開発に乗り出す一方、何がしかの資本の蓄積を図る以外に方途はなかったのである。
現に、代表者朴は、本件犯行によって留保した資金を被告人の設備更新のために使用し、又内部留保を企図し、優良会社の株式や不動産等の形態で保有していたのであって、若干なりとも私腹を肥したり、個人的に費消したりしていない。
2 本件犯行による法人税はもとより、関連する諸税も全て納付済みか、課税当局と分割払いの合意が成立するかしており、国や地方公共団体に実損はない。
3 被告人が終局的に金六、四〇〇万円というような巨額の罰金を支払わなければならないとすれば、被告人は資金繰りの点から倒産してしまう恐れがある。
そうなると、被告人に勤務する一四〇名の従業員(それも大部分再就職の極めて困難な韓国籍の人々である)とその家族が路頭に迷うことになり、悲惨な社会問題を招きかねないのみならず、分割払いの合意の成立している脱税額の完済もできなくなり、公益的にも損失である。
4 被告人には脱税その他如何なる前科、前歴もない。
5 代表者朴は早稲田大学教育学部を卒業した若冠三七才のインテリ青年実業家であり、大学を卒業するかしないかの頃から、正に徒手空拳で被告人を今日の規模にまで育て上げ、更にこれを質量共に発展させようという強い情熱を抱いているのみならず、痛いほど反省している。
してみると、代表者朴に率いられている限り、被告人が再び脱税等の犯罪を犯す可能性は皆無である。
二 このような諸般の憫諒すべき情状を正当に考慮すれば、原判決の量刑を甚だ不当といわざるを得ない。
被告人及び弁護人の見解を端的にいえば、被告人に対する罰金額は金四、〇〇〇万円程度が妥当なところというべきである。
よって、原判決の破棄を求める。
以上